最近強く思うのは、「教育」「学び」といった視点で、すごいもの・先端的なものは海外にある、と思いがちだけれど、実は日本にも山ほどある、ということ。
世界の学びを参照するのと同時に、日本国内に溢れるすごい学びに触れ、良いところを取り入れていくことはとても意義があるように感じています。
今回は、日本各地に潜むすごい学びたちを紹介していきます。
■宮崎県綾町の屋台骨、「結いの心」
宮崎県綾町は、人口7,260人の山間部の町。
かつては夜逃げの町としてネガティブなイメージを持たれていたが、現在は「有機農業の町」「照葉樹林都市」などをスローガンとする町おこしの成功例として知られ、大変に活気のある町である。
2012年7月12日には、照葉樹林の原生林地帯が、ユネスコエコパークに登録された。これらが地域主導で進められたことも特徴的である。
その背景には、元市長である郷田実氏の強烈な信念とリーダーシップがあった。
- 高度経済成長期、営林署から伐採を求められていた照葉樹林の原生林を、数々の困難を越えて魂で守りきったこと(短期的な利益よりも、長期的な目線やアイデンティティを優先した)
- 住民が自ら考え行動する自治公民館活動の展開(町内に22ある自治公民館を、集落の課題について議論する場とした)
- 自然生態系農業を軸にした循環型の暮らし(日本で初めて、自然生態系農業を条例化)
- “ほんものづくり”を信念に据えたまちづくりの推進
など、世の中が高度経済成長期に湧いていた頃から、長期的な視点を忘れずに、地に足ついた数々の実践を続けていた。そして、住民一人一人が「結いの心」を持ち、まちの未来を自分ごととして考え、協力して未来を創るようになっていった。
詳しくは、郷田前町長の書籍「結いの心―子孫に遺す町づくりへの挑戦」を読まれたい。今に至るまでの壮絶な歴史を追体験することができる。
世界のモデルになるまちのひとつだと思う。
■綾町の「自治公民館活動」と「教育環境」
綾町ではこれらが持続していくための土台として「教育」を最も重要なものと据えている。
そして、「教育」を豊かにしていくための打ち手は、何か特殊なプログラムや多額のお金をかけたものでもなく、前述の「自治公民館活動」にある。
- 「子どもは親のいうとおりにはしないが、親のするようにはする」ため、大人が自治意識をもって、地域活動を展開することが求められる
- 地域の教育力を発揮し、青少年の健全な育成を図るには、「学校」「家庭」「地域」三者が一体となったネットワーク化された対応が求められる
という考えのもとに、まずは「大人」、そして「地域社会」から変えたのだ。
昨今、「新しい公共」「フューチャーセンター」といった言葉で進み始めている動きを、昭和40年時点で手を打っていたことは驚きだ。
地域に住む人達のOSが変われば、「家庭教育」「社会教育」「学校教育」のそれぞれがボーダーを越えて絡み合い、良い循環が生まれていく。
具体的には、以下のような現象が起きている。
- 学校に全ての責任が集中してしまうことが解消され、家庭や地域で子どもの躾・モラルの習得を行ったり、不登校の子どものケアを行う。
- 地域の人達が学校の中に入り、学校も地域に出て、様々な講座や地域のリソースを活かした体験プログラムが行われるようになる。
- 学校給食には、地域の有機野菜、アイガモ米が毎日届けられる。子どもの健康面に加えて、顔の見える食育の実施、地域の農業振興にも寄与している。
- 自分の住む地域に深く触れ、好きになることで、卒業後も何らかの形で地域に関わるようになる。(2012年度のふるさと納税は宮崎県で1位!)
今年は「ユネスコ・スクール」(持続発展教育の推進ネットワーク)への登録も行われる予定で、このネットワークを活用した他地域や海外との交流が生まれてくると、より幅広い刺激が教育環境に生まれてくるように思う。
余談だが、綾町で紹介いただいた、熊本県水俣市から生まれた「地元学」にはとても感銘を受けた。
詳細は吉本哲郎氏の書籍「地元学をはじめよう」をご参照頂きたいが、「まちをまわりながら、地域に「あるもの」を発見し、絵地図としてまとめ対話することを通じて、価値創造していく」というもの。
住民一人ひとりが自信と創造性を取り戻すキッカケになり、子どもたちの学びのプログラム(「こども地元学」として実践されている)としても非常にパワフルだ。格好の「デザイン教育」といってもいい。
「地元学」の哲学とアプローチは、水俣市というローカルから、他の町にもじわじわ伝播しており、国境も超えてベトナムの農村で実践されていることは面白かった。
■三重県多気町で「高校生」を中心に巻き起こる地域イノベーション
多気町は三重県の中央部に位置する人口約15,000人の町である。
ここに、食材の仕入れから調理、盛り付け、接客、配膳、会計、メニュー開発のすべてを高校生(三重県立相加高等学校の食物調理科の生徒たち)が行うレストラン「まごの店」がある。
地産地消を心がけ、安心安全な本格料理を提供し、元気な高校生達が切り盛りする当店は、開店前には長蛇の列ができ、すぐに売り切れになってしまう人気ぶりである。
高校生の枠を越えて、地域住民・団体、地域の生産者、さらには地元企業や大学、大手企業までを巻き込んだ協働が生まれている。
結果として、以下のような現象が起きている。
- 「まごの店」に本気で関わった高校生たちは急激な成長を遂げ、結果的に、卒業後の就職率・離職率にもポジティブな影響が出ている。
- 卒業生を中心に構成される「せんぱいの店」(地元の食材を使ったお惣菜とお弁当の店)はビジネスも好調で、数十名規模の雇用も生み出している。
- 地域全体で子どもを育てる・子どもを愛する意識が高まり、まちのソーシャル・キャピタルが高まった。子どもたちも地域への愛着が深まり、地元での就職希望者が増加。
- 地産地消の料理の提供、商品開発を高校生とともに行うことで、地域の農業振興・農家の所得向上に貢献。
より詳細な物語や取り組み内容については、須藤順氏の「ソーシャルビジネスの新潮流」に大変分かりやすく記述されている。
「高校生という地域の将来を支える若者を、地域が本気になって応援し、活躍できる舞台を提供することで、地域に新しい風やダイナミズムを生み出し、地域住民が自発的に支えあい、協働するエコシステムを形成している」(須藤氏)という、「教育」を軸にしたまちづくりの素晴らしい実践例だ。
■日本の草の根から、確実に未来が創られ始めている
以上に挙げたものは、日本の底力のほんの一部である。
「教育」の文脈では、例えば他にも、
- 島根県海士町の「高校魅力化プロジェクト」
- 北海道下川町の森林環境教育(小中高に必修化)
など素晴らしい取り組みが数多くある。
今年はニュースでも、
- 最年少で岐阜県美濃加茂市長に当選した藤井浩人氏(28歳)
- 九州で一番若い市長・宮崎県日南市の﨑田恭平氏(33歳)
の誕生など、地方自治体に新しい風が吹き荒れている。何が生まれてくるのかワクワクする。
日本の草の根から生まれた「学び」の未来は、確実に、他地域・そして世界に影響を与えていくはずだ。
丑田俊輔