ボストンで感じた「エンジニア」というOS


こんにちは、ハバタクの長井です。

今年の連休はいかがお過ごしでしょうか。
ここのところ関東は春らしい陽気が続いてて嬉しい限りです。

さて遅筆も遅筆で恐縮の限りなのですが、3月末に実施した理系女子向けボストンツアーについて気づきのあったことを書いていくシリーズの第1弾をお送りします。

*第0弾として書いた記事はこちら。ツアーの概要や参加者アンケートの抜粋を掲載しています

理系女子が対象ということでいわゆるサイエンスやエンジニアリングの領域の最先端を体感するツアーだったわけですが、私自身その様子を目の当たりにして「これは専門性に関係なく、全員が身に付けるべきOSなのではないか?」と強く思ったことがありました。それは「エンジニアOS」とでも言うべきマインドです。

なお、今回の記事はツアーのプログラムのなかでもタフツ大学CEEOで実施した工学教育プログラムを踏まえて書こうと思います。このプログラムの内容については、ツアーの共催者である講談社RikejoのWebに記事を書きましたので、そちらをご覧ください。プログラムの様子を収めた写真や動画も掲載しています。

◆子どもは天性のエンジニア

CEEOに飾ってあるオブジェたち。LEGO Mindstormの生みの親らしく、実際に動く作品がところ狭しと並んでいます。

まずタフツ大学CEEO(Center for Engineering Education and Outreach)のキャッチコピーが印象的でした。
Kids CAN…
というものなのですが、そのうしろに
Think. Discover. Solve. Invent. Change the World.
と続くのです。子どものもつポテンシャルと、それを育てる重要性をどう考えているかが良く分かります。
左上のものがCEEOのステッカー。ちなみに右下のものはどの大学のステッカーか分かりますか??

よく考えてみると、子どもの遊びはほとんどがエンジニアリングの要素を含むのではないでしょうか。工作をする、土をほじくり返す、生き物とじゃれる、飛んだり跳ねたりする、あるいはゲーム機のなかで何かを育てたりお互いにデータをやりとりしたり。そうしたアクションの一つ一つがエンジニアの考え方を育てているように思うのです。

◆「エンジニアの信条」3ヶ条

タフツ大学CEEOではそうした子どもごころを惹き付けてやまない遊びの要素をうまく学びに取り入れていけないかと研究を重ねています。私は不幸にしてまだ工学の勉強を専門的にできていませんが、だからこそ客観的な視点で彼ら研究者たちと会話したりツアーの参加者の女の子たちにそれとなく伝えていることを聞いたりしているうちに、エンジニアの信条ともいえるものが3つくらい見えてきました。

1. なければ作ればいいじゃん

彼らがいつも口にしていた言葉で一番印象的だったのはこれかもしれません。エンジニアにとって既存の製品やサービスは「どこかのエンジニアが作ったもの」であり、決してお客様的立場から見ることをしません。つまり、目の前のテーブルが使い心地が悪かったとすると「このテーブルはダメだ!製造会社に文句言ってくる!」となるのではなく「なるほど、パソコンの作業をするには高さが低いんだな。よし、そのへんのもので脚を改造するか。何ならキャスターもつけちゃおうかな」という反応です。あるいは「世の中、なんで私が欲しいモノが売ってないわけ?マーケティングがなってないわ」と文句を言う前に「じゃあ私がとりあえず作ってみて、周りの人に見せてみようっと」と考えるようです。
工学(エンジニアリング)とは常に人の生活に密着している分野である以上、エンジニアとは人の生活を支えるモノやサービスを生み出せる人間だ、というプライドを強く感じました。

2. あれこれ考えこむ前に作っちゃおうぜ

これもプログラム中に強調されていたことです。参加者が「こうしたほうがいいですか、それともこうかな」などと相談を持ちかけると、「まず作ってみて、うまくいくか試したらいいよ」という答えが返ってきていました。MITのシーモア・パパート教授が提唱した「コンストラクショニズム」という考え方がありますが、これは、「人は手を動かしながら知を形成していくのであり、机上であれこれ考えることより先立っている」というものです。
参考:コンストラクショニズムについて(むかし仲間内でおこなった研究会の記録記事です)
まさにエンジニアたちの考え方はコンストラクショニズムの実践だ、と気づきました。手を動かして試行錯誤することで、より多くの学びを得て豊かな知見が蓄積されていくのだと思います。
また、それに加えてCEEO所長のロジャース教授やアドバイザリの石原正雄さんと話していて言われた「この種の学びに工学(エンジニアリング)がもってこいである理由」がもう1点。それは、工学は「常に現実と折り合いをつける学問だ」という点です。たとえば、机上での計算が正しかったとしても、実際にモノを作ったり動かしたときに計算通りになるとは限りません。あるいは、その場にある材料の強度や場所の広さ、予算などによって制約がかけられることもあるかもしれません。そのなかでベストな解を探していくアクションがエンジニアリングには求められるのです。その意味で、やってみてうまくいくかどうかがすぐ分かる(=フィードバックが早い)環境の中で学ぶことは、将来エンジニアになるかどうかには関係なく非常に意味のあることなのだと思いました。
クリス・ロジャース教授。LEGO Mindstormの生みの親であり、CEEOをいちから作り上げたアントレプレナーでもあります。工学・理学・音楽を股にかける天才研究者でありながらとてもフランクな人柄でした。

3. 面白いと思うものを作ればいいんだよ

参加者の作るものやアイデアに対して、基本的なフィードバックは“Cool!”(カッコイイ!) “Awesome!”(スゴイ!)の連発です。それは単純に参加者をちやほやしているということではなく、エンジニアが作るものが独創的で世界に新しい価値を生み出すものであってほしいという意識づけを狙っているのではないか、と思いました。
そう考えると、実はこれはハードルの高い要求でもあります。独創的であるためには、世界でどのようなイノベーションが起きているかについてアンテナを張り巡らせなければいけません。あるいは「自分が実現したい世界とはどんなものなのか?」とビジョンについて思い悩むことも必要かもしれません。いずれにせよ彼らの促し方は、人の探究心に自然と火をつけるようです。ツアー中には、自分で自作したモバイルアプリについて相談をしたいという参加者も出てきましたし、帰国してからScratchやArdinoといった工学教材に取り組む参加者のサークルが生まれています。またエンジニアリングに限らず、「やりたいことを探究する」ことへのモチベーションが上がって、学校や家での活動が変わったという報告も参加者からもらうことができ、主催者冥利に尽きます。

◆世界の「作り手」を育てる学び

以上のようなことを見聞きし、考えて、私はエンジニアリングへの見方が180度変わる思いでした。一言でいえばエンジニアOSとは「世界の作り手となる」というスタンスやプライドなのだと思います。
現実世界に役立つものを自分の探究心や創意工夫によって作り、試し、他者からフィードバックを得る。この「作る」をめぐる一連のアクションが著しく自己肯定感を高め、新しいアクションへと人を駆り立てる場面を、私はこのツアーで目の当たりにしました。下の写真ではタフツ大学の教授と真剣に課題に向き合い、議論する参加者の姿があります。彼女たちは年齢も立場も関係なく、より良いプロダクトを作るために没頭しています。たった3日間でこんな自信に満ち溢れた表情に変わっていった様子を見ていて、嬉しい思いとともに、正直なところ「なんでオレは10代のうちにここに来なかったんだ…!」と悔しい思いでいっぱいでした。
もちろん、「作る」というアクションはエンジニアリングだけでなく、いろいろな分野で実践可能です。絵画、音楽、ダンス、文章などのアート分野。各種スポーツ。武芸やお祭りなどの伝統文化。スピーチやプレゼンなども含まれるでしょう。大切なのは、「作る」だけでなく作品を公開し、他者からフィードバックを得て、新しい気付きに繋げていく、という一連の体験デザインだと考えます。

*一連の体験デザインに関しては、以下のようなものがすでに提唱されたりしていますね

今回のご紹介したプログラムはタフツ大学CEEOのオリジナルですが、こうしたことを踏まえて日本ならではの「作る」学びの現場をたくさん作っていくことは、教育の現状を打破するひとつの強力な方法なのではないかと考えています。

というわけで、今回はこのへんで。次回はMITやボストン科学技術博物館のことも書いていきたいと思います。

参考:「作ること」から発する自己肯定感について書きましたが、この点はCreative Confidenceという言葉で議論されています。弊社丑田の記事にも記載がありますので、よろしければこちらもご覧ください。
Creative Confidenceを巡る最高の循環

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